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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)580号 判決

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人の、原判決添付目録記載の各土地についてそれぞれ大阪法務局天王寺出張所昭和三八年五月二七日受付第一一六七四号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続を求める請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  控訴人の主張は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1、本件破産の申立人は訴外紀南信用組合であり、破産債権は同組合の破産者大川猛に対する貸付金債権であるところ、右組合は中小企業協同組合法によつて設立された信用組合であつて、組合員に対してのみ貸付をなすことを得べく、且つ組合員といえども貸付の限度額が定款に定められている。大川は右組合の組合員ではないから、組合が大川に対して貸付をなすことは違法であり、員外貸付として法律上無効であつて、被産債権が無効である以上、たとえ破産宣告の決定があつても、該破産決定は法律上無効である。

2、控訴人は、原判決添付目録記載の各土地(本件土地)を大川から買受けたのであるが、その当時大川との売買が破産債権者を害するものであることを知らなかつた。すなわち、

(1)  大川は、本件土地を売却するにあたり、不動産仲介業者である訴外阪南商事こと辰己〓一、訴外南北商事こと藤原昇および控訴人の父であり代理人である訴外鎌苅卯三郎らに対し、二五〇〇万円程度で売りたいと云つていたが、買受希望者らの云値がいずれも二〇〇〇万円を出ず、結局控訴人がその中間の二二五〇万円で買受けることになつたもので、右辰己らが大川から三〇〇〇万円以上で売却してくれと依頼されたことはなく、右二二五〇万円という価格は、当時の時価として不当に安い価格ではない。

大川は、また「南紀方面で宅地造成をしており、石油精製の事業を営む会社の役員に就任するため相当額の資金がいるので本件土地を売却する。」と述べていたのであつて、「借金があつて追い込まれているため、本件土地を早く売却したい。」と云つていたことはなかつた。

(2)  本件土地の売買は、当初、昭和三八年五月二〇日に手付金二五〇万円を支払い、同年七月九日に所有権移転登記をすると共に残代金を支払うこととしていたが、鎌苅が右五月二〇日になつて司法書士に本件土地の登記簿を閲覧させたところ、その所有名義が訴外株式会社大阪商工振興会に移転されているのを発見し、大川にこの点を詰問すると、同人は「六〇〇万円の債務のため担保として右会社に信託譲渡したので右会社の名義に登記されているが、右債務を利息と共に返済すれば大川名義に復帰できる。」と説明し、右に関する公正証書を示したので、鎌苅もこれを信じ、なお右会社に対して右事実の有無を照会すると共にその利息計算をするため、とりあえず、その日は手付金として五〇万円のみを支払い、同月二七日に追手附金六五〇万円を支払うと共に所有権移転の仮登記をすることを約した。そして、鎌苅は右同月二七日大川に六五〇万円を支払い、大川はこれをもつて右会社に対する債務を返済した。

(3)  そこで、右会社は、当然大川に本件土地の所有権移転登記をなし、大川もまた控訴人に対し所有権移転の仮登記をしなければならない筋合であるが、大川および右会社としては、それらのために相当額の登録税、不動産取得税、同譲渡税が課税されることとなるので、右出費を免れるため、本件土地の右会社に対する所有権移転登記を錯誤を原因として抹消し、さらに、大川の申出により前記仮登記をやめ、控訴人に所有権移転の本登記をなし、同時に、鎌苅において残代金一五五〇万円を同年七月九日に支払う旨確約した念書を作成して大川に交付したものである。

以上のような事情であつて、鎌苅は本件土地の売買契約締結当時大川が多額の債務を負つているということは全く知らず、正当な価格をもつて善意で買受けたものである。したがつて、控訴人の本件土地買受行為は、破産法七二条一号所定の否認権行使の対象とはならない。

三  被控訴人の主張は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1、控訴人の、控訴人が本件土地を大川から買受けるについて破産債権者を害するものであることを知らなかつたとの主張は争う。

控訴人が昭和三八年五月二七日までに大川に支払つた七〇〇万円のうち六五〇万円は、大川の株式会社大阪商工振興会に対する債務の返済にあてられたのであるから、売主たる大川としては手附金五〇万円の支払を受けただけで、残額一二五〇万円の支払については何の保証もなく、たゞ一片の念書をもつて、当時一面識もなかつた買主に本件土地の所有権移転の本登記をしたものであつて、不動産取引としては異例の処置であるのに、これを肯定しうる事情は見当らない。

2、また、大川は、前記南北商事こと藤原昇に対し「自分は相当負債があつて追い込まれているので、早く処分したい。」と述べており、右藤原は控訴人側の代理人であるから、大川の右事情ないし希望とするところは、控訴人の代理人である鎌苅にわかつていたし、右鎌苅は前記株式会社大阪商工振興会がいわゆる街の金融機関であることを知つていたから、大川が他にも多額の負債を有しているであろうことは容易に感得しうるところであつて、そうであればこそ、叙上のように控訴人側は不動産取引の異例の措置として急いで所有権移転の本登記をしたものである。

本件土地の価格についての鑑定の結果は、必ずしも一般の取引における時価をあらわすものとは認めがたい。

3、以上のような事情であるから、控訴人の善意を認めることはできない。

証拠(省略)

理由

一  成立に争いのない甲第一、第二号証によると、訴外大川猛は、昭和三七年一月二七日債権者である訴外紀南信用組合から破産の申立を受け、昭和三九年一〇月二〇日大阪地方裁判所において破産宣告を受けたことが認められる。

二  控訴人は、紀南信用組合の大川に対する破産債権が右組合のいわゆる員外貸付によるものであることを前提として、右破産宣告は無効であると主張するが、前記甲第一号証、当審証人斉藤千殻の証言によれば、右組合は中小企業協同組合法に基づいて設立された信用組合であつて、大川は右組合に対し総額一五七一万四〇〇〇円の債務を負担しているが、大川の貸付金債務はうち八〇〇万円であつて、他はその兄孝太郎、内縁の妻に対する貸付金の連帯保証債務であること、右貸付当時の組合員一名に対する貸付限度額は九〇〇万円であり、大川、その兄孝太郎、内縁の妻はいずれも組合員であつて、員外貸付ではないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

したがつて、控訴人の右主張は、その余の点について判断するまでもなくその理由がない。

三  被控訴人が破産者大川猛の破産管財人に選任されたことは当事者間に争いなく、原判決が理由二において説示するところは、すべて当裁判所の判断と同一であるからこれを引用する(但し、原判決四枚目表七行目に「証人鎌苅卯三郎」とあるのを「原審および当審証人鎌刈卯三郎」と、同八行目から九行目にかけておよび同裏一二行目にそれぞれ「証人大川猛」とあるのをいずれも「原審証人大川猛」と訂正する。)。

四  そこで、控訴人が本件土地買受当時大川の売却行為が破産債権者を害するものであることを知らなかつたかどうかについて判断する。

1、成立に争いのない甲第三、第四号証、前掲(原判決理由二)乙第一ないし第三号証、当審証人鎌苅卯三郎の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第五号証、大川猛の署名部分については成立に争いなく、その余の部分については当審証人鎌苅卯三郎の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第八、第九号証、原審証人大川猛(但し後記信用しない部分を除く。)、同辰己〓一、原審および当審証人藤原昇、同鎌苅卯三郎、当審証人内藤辰治、同中安励の各証言によれば、次の事実が認められる。

(1)  大川は、昭和三八年三月頃不動産仲介業者である阪南商事こと辰己〓一に対し本件土地売却のあつ旋を申し込み、辰己はさらに内藤辰治を介して同業者の南北商事こと藤原昇にその仲介を依頼した。

(2)  大川は、叙上(原判決理由二)のとおり、その当時多額の債務を負担し、紀南信用組合から破産申立を受けていたのであるが、右辰己ら不動産仲介業者に対しては、買手がなくなるかあるいは価格を減額させるおそれがあるため、破産申立を受けていることはもとより、借金があることも云わず、たゞ単に「早く売りたい、一坪当り五〇万円位(四九坪で約二五〇〇万円)で売つてほしい。」との希望を述べたにとどまり、また、本件土地が当時登記簿上株式会社大阪商工振興会の名義になつていることも云わなかつた。

(3)  右藤原は、梅島某他一名に買わないかとすゝめたが、値段の折合いがつかなかつたので、かねてからビルを建てられる間口の広い土地を探してほしいと頼まれていた鎌刈に本件土地が売りに出ている話をした。

(4)  右辰己ら不動産仲介業者は、いずれも本件土地の時価を一坪当り四〇万円(四九坪で約二〇〇〇万円)が相当であるとみており、鎌苅も本件土地を見分した結果一坪当り四〇万円が相当であると考え、息子の控訴人と相談のうえ控訴人が買受けることとし、鎌苅が控訴人の代理人として二〇〇〇万円なら買受ける旨の返事をした。そして、控訴人から本件土地購入の一切を委任された鎌刈と大川は、辰己ら不動産仲介業者を通通じて交渉の結果、本件土地を代金二二五〇万円で売買する、手附金としてその一割相当額を契約締結日に授受することに話がまとまつた。

(5)  大川および辰己ら不動産仲介業者は、同年五月二〇日売買契約締結および手附金授受のため鎌苅方に集つたが、その際、大川は鎌苅の尋ねに対し「自分は和歌山県で山林を開発して宅地造成をしており、また、和歌山県の石油精製会社に関係していて、それらの事業に資金がいるので本件土地を売りに出している。」と答え、また、この日、鎌苅は、司法書士の登記簿閲覧により本件土地の所有名義が大川から前記株式会社大阪商工振興会に移転していることを知つたのであるが、その点について鎌苅から詰問された大川は「右会社に対する六〇〇万円の債務を担保するため右会社に譲渡担保として入れたものであつて、右六〇〇万円に利息をつけて返済すれば、大川の名義に復帰できる。」と説明したうえ、その旨記載された右会社と大川間の金銭消費貸借に関する公正証書を示し、さらに「他に借財はない。」と述べ、非常に追い込まれているから早く取引してほしいとか、破産の申立を受けたということは何も云わなかつた。

(6)  鎌苅は、一応右説明を了承したが、当日は手附金として五〇万円のみを大川に渡したにとどまつた。そして、一週間後に追手附金として前記六〇〇万円にその利息を含めた六五〇万円を支払い、大川をして前記会社に返済せしめ、本件土地の所有名義を大川に戻したうえ、大川から控訴人への所有権移転の仮登記をなし、さらに同年七月九日、所有権移転登記手続の書類が整い物件引渡が完了するのと同時に残代金を支払うこととし、大川もこれを了承して、前記同年五月二〇日その旨の契約書を作成した。

(7)  鎌苅は、同月二七日大阪市南区役所前の梶司法書士事務所において、前記契約に基づき六五〇万円を大川に交付し、大川は右金員をもつて前記会社の中安励に支払い、本件土地の権利証を受取つた。そして、前記契約どおり本件土地の所有名義を大川に移転し、鎌苅において所有権移転の仮登記をしようとしたところ、右中安が、右会社から大川へ本件土地の所有権移転登記をすると、再び右会社には不動産譲渡税が、大川には不動産取得税が課せられると云つたので、それらの出費を免れるため、中安、大川は合意のうえ、錯誤を理由として大川から右会社に対する所有権移転登記を抹消し、さらに、大川は鎌苅が後日残代金を間違なく支払うという誓約書を入れてくれれば本日所有権移転登記をしてもよいと云つたので、鎌苅はこれを了承し、仮登記をやめ、同日付をもつて大川から控訴人へ所有権移転登記をなし、残代金一五五〇万円(但し、同年六月二八日、一五三〇万円に減額された。)を同年七月九日現金で支払う旨確約した念書を作成して大川に交付した。

以上の事実が認められ、原審証人大川猛の証言中「自分は南北商事の藤原に対し三〇〇〇万円以上に売つてほしい、非常に借財に苦しんでいるので早く売つてほしいと云つた。また、鎌苅に対しても、非常に追い込まれているので早く取引してほしいという希望を述べたと思う。」との供述部分は、前記藤原、鎌苅、辰巳、内藤の各証言と比照してにわかに信用できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

2、また、当審における鑑定(第一、二回)の各結果によれば、本件土地の昭和三八年五月二〇日および同月二七日頃の時価は、約二三三二万円ないし二三五二万円(坪当り約四七万六〇〇〇円ないし四八万円)であることが認められ、原審証人大川猛、当審証人中安励、同斉藤千殻、同内田孝三、同前川春恵の各証言中、本件土地の時価に関する証言部分は、右鑑定の各結果に照らしてにわかに信用できず、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

3、以上の事実関係によれば、控訴人はもちろん、控訴人の代理人である鎌苅は、本件契約締結当時大川が多額の債務を負つているとか、そのため本件土地を売り急いでいるということについては誰からも告げられておらず、そのような事情は全く知らなかつたし、売買価格も客観的にほぼ正当な代価であると考えられ、代金の約三分の一にあたる七〇〇万円を授受した段階で所有権移転登記手続がなされた事情も是認できるから、控訴人およびその代理人鎌苅は、本件契約締結当時大川の本件土地売却が破産債権者を害することを知らなかつたと認めるのが相当である。よつて、控訴人の抗弁は理由がある。

五  被控訴人は、控訴人は本件土地を大川から買受けた当時大川がすでに破産の申立を受けていたことを知つていたから、破産法七二条二号に基づき大川と控訴人との間の本件土地売買契約を否認すると主張するけれども、前記認定のように、控訴人およびその代理人である鎌苅は、本件契約当時大川が破産の申立を受けているということは誰からも告げられておらず、全く知らなかつたことが認められるから、この点の主張も理由がない。

六  そうだとすると、大川の破産管財人である被控訴人は、破産法七二条一号、二号によつて大川の本件土地売買契約を否認することができないから、控訴人に対し右売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を求める被控訴人の本訴請求はその理由がない。

よつて、原判決中右請求を認容した部分は失当であるからこれを取消し、被控訴人の右請求を棄却し、民事訴訟法三八六条、八九条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。

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